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長年読んできたドラッカーを論語でおさらいするという発想が面白かったです。
個人的には論語のほうが東洋的で共感できる部分も多いのでシナジーありです。

冒頭の「孔子が話したことの真意って、実は誰もわからない」が印象的。
確かに、時代環境を踏まえないと行間までは読めないでしょう。
今の時代にふさわしい訳し方で役立てていくとする著者の考え方に共感。

学而时习之

「学んでは適当な時期におさらいする」と、
復習に近い意味で訳されることが多いらしいですが、著者の訳として
(習)を「身につくこと」「自分自身のものになる」としてます。

「何かを学び、それがある時、自分自身のものになる」と。
このほうが「学習」の意味がわかりやすくなるなと思いました。

学而不思,則罔。思而不学,則殆。 

「学んで考えなければ、学んだことにとらわれてしまう、
 考えるばかりで学ばなければそれはあやうい」
日常の場面でも思い浮かべやすい状況です。

 論語で良く出てくる「仁」。
私にも理解できた訳として「学習回路を開いている状態」
そして常に仁たりうる人が「君子」なのだと。

上記の内容をドラッカーのマネジメントにあてはめると、
マネジメントは孔子が唱えた「政」。マネジャーは「君子」

君子にとっての仁はマネジャーにとってのフィードバック。 
ドラッカーが唱えるマネジメントの根本概念で、「顧客の創造」と
同様に大切な概念がフィードバック。

マネジャー・君子は、学習回路が開いている状態を維持し、
過ちを過ちと素直に認め、それを修正できる者。

「仁」でなければ、人は過ちを取り繕う。
過ちを取り繕っていれば、「フィードバックを通じた学習」はできない。

「仁」のない「小人」が組織を運営してはならない。

要するに、社会人になっても、マネジャーになっても、経営者になっても
学習し続けることが大事だと理解しました。

それもインプットするだけでなく、自分がしたことについてのフィードバックを
受け止め、修正し続けることが真の学習ということなのでしょう。

もう一点、ドラッカーのマネジメントで大切なことは「企業の目的」を明確化すること。
顧客が何を求めるかを考える以前に「自分たちは何をすべきか」からスタートすべきと。

君子喩於義、小人喩於利

君子は「義」(何をすべきか)をまず考える。
小人は「利」(何をしたら得か)をまず考える。

こうやって、小人で書かれるととってもやだな、と思いました。
自分なり、自分たちなりに精一杯、何をやりたいか、何をすべきかを考えていきます。